経営者が残業代の未払を防ぐために注意すべきこと ~賃金の支払に関する法律上のルール➁~

前回の記事では、残業代とはどういうものかについて解説いたしました。
 今回は、残業代の未払が生じないようにするためにエステサロンの経営者の方が注意するべき点を解説していきます。

1 定額残業代制度なら残業代を支払わなくてよい!?

最近は、「定額残業代」や「固定残業代」という名目を給与明細などに書いておけば、残業代を支払わなくてよいなどと良く言われます。
 しかし、そのように明細書に書いたからといって、必ずしも残業代を支払わなくてよいということにはなりません。

1.1 固定残業代とは?

固定残業代(定額残業代)とは、あらかじめ毎月の給与の中に「残業代」を含めておくというもので、会社によって色々と細かい点が異なっています。

例えば、契約書・就業規則等に以下のように定めている場合です。

  1. ・「〇〇時間分の残業代として、〇〇円を支払う」
  2. ・「残業代として〇〇円を支払う」
  3. ・「毎月10時間分の残業代として2万円を支払う」

3つ目の「毎月10時間分の残業代として2万円を支払う」と記載されている場合、実際の残業時間が10時間未満の場合でも10時間残業したとみなして決められた残業代を支払うことになります。

では、あらかじめ定められた残業時間(あるいは残業代に相当する残業時間)を超過した場合、その分の残業代は支払わなくてよいことになるのでしょうか。残念ながら、その答えは「No」です。
 実は、固定残業代制度により残業代を支払わなくてよいとされるための要件が決まっている上、本来の残業代全額との差額分を支払わなくてよいということにもなっていないのです。

1.2 固定残業代制度の要件

「固定残業代」制度を導入するには、法律や過去の裁判例により、就業規則・労働条件通知書や給与明細の記載から、次の要件を満たしている必要があります。

  1. ①支払われる基本給または手当が割増賃金(残業代)に相当することが明示されていること
  2. ②支払われる基本給または手当のうち、どの部分が割増賃金に相当するのかが、金額、割合、時間等によって明確に区別されていること
  3. ③労基法上の割増賃金に不足する場合には差額分の支給が行われること

このうち、②の明確な区別がされていない場合や、③の不足する差額分を支払っていないケースでよく問題になっています。

1.3 固定残業代制度のメリットは?

上記のとおり、エステサロンの経営者の方は、固定残業代制度を導入しても、実際の残業代に不足する差額分は支払わなければなりません
 また、実際の残業時間があらかじめ決められた残業時間に満たなかった場合でも、会社で導入した固定残業代制度により決められた固定残業代は支払わなくてはなりません。
 つまり、多くの経営者の方が期待している「残業代の節約」という効果は、残念ながら固定残業代制度にはありません。
 そうすると、固定残業代制度を導入するメリットはないかのようにも思えます。

ですが、固定残業代制度は、毎月の労働時間を管理する上では便利な制度です。
 スタッフの役職や業務の内容により、どうしても残業をせざるを得ない場合、実際の残業時間を予想しておけば、給与の支払の際に改めためて計算し直す必要がなく、勤怠・労務管理が簡便になります。

 

2 残業代を支払わないと・・・

上記のとおり、固定残業代制度により残業代を減らせるわけではないので、「うちは固定残業代制度を導入したから安心!」とはなりません。
 では、残業代を支払わない場合、経営者にはどのようなペナルティが課されるのでしょうか。

2.1 賃金の支払に関する法律上の規制

まずは給料の支払方法について説明します。労働基準法24条では、賃金の支払は、次のルールに従わなければならないと定められています。

①通貨払い

 
 使用者は、原則として賃金を現金で支払わなければなりません。現物で支払う場合には、労働協約が必要になります。
 ただし、現金の支払といっても、スタッフの銀行口座に振り込む方法により支払うことは認められています(労働基準法施行規則7条の2)。

②直接払い

 
 賃金は、スタッフの代理人や債権者に支払うことはできません。これに違反すると、すでに代理人に支払ってしまった後にスタッフ本人から賃金を請求された場合、拒否することはできず、二重に賃金を支払うリスクが生じます。
 もっとも、代理人ではなく使者に対してであれば支払うことはできます。「代理人」と「使者」の違いは難しいですが、例えば病気中のスタッフに代わりその夫が会社から賃金を受け取る場合には、夫は「使者」になると考えられます。
 「代理人」と「使者」の違いが難しいため、エステサロンの経営者としては労働者本人の銀行口座に振り込む方法が一番安全かと思われます。

③全額払い

 
 賃金は、原則として全額を支払わなければなりません。
 ただし、例外として、税金や社会保険料など法令で控除することが認められているものは控除することが認められています。
 また、労働組合と労働協約で定めた組合費などについても控除することができます。

④毎月1回以上払い

 
 賃金は、1ヶ月に1回以上の支払をする必要があります。つまり、1月に2か月分の賃金を支払うから、2月には賃金の支払をしないということはできません。
 エステサロンの本社スタッフなどにつき年俸制を採用している場合でも、毎月1回以上の支払が必要です。ですので、多くの場合、年俸額を12や14で割り、その金額を毎月支払うことになります。
 ただし、ボーナスなどイレギュラーな賃金については不定期の支払でよいとされています。

⑤一定期日払い

 
 賃金は毎月支払わなければなりません(上記④)が、さらに、毎月固定の日に支払う必要があります。
 「毎月第3月曜日」というように定めると、月によって日付が大きくずれることがあるため、一定期日に支払っているとは認められない場合があります。

2.2 法律上の規制に違反した場合の処罰・リスク

上記の①から⑤の規制に違反し、未払の賃金が発生してしまった場合、経営者の方は次のリスクを負うことになります。

  1. ・労働基準監督署からの是正勧告・送検
  2. ・労働者から労働審判や訴訟を提起される
  3. ・付加金(労働基準法114条)の支払がペナルティとして上乗せされる
  4. ・高額な遅延利息(14.6パーセント)が追加されることがある
  5. ・大手エステサロンのようにニュースになり、顧客も新入社員も獲得しにくくなる

これらのリスクは、退職したスタッフから残業代を請求された場合のほか、現役のスタッフからの請求の場合にも、負う可能性があります
 特に現役スタッフから請求された場合、そのスタッフに対し不足していた残業代を支払うことに加え、残業代請求をしたスタッフがいるとの情報が洩れることにより、スタッフ全員から請求されるおそれが高いです。

上記のリスクのいずれもがエステサロンの経営に大きなダメージを与えるものですので、経営者の方は残業代が未払にならないように注意する必要があります。

 

3 残業時間の発生を防ぐためには?

固定残業代制度に残業代の節約効果がない以上、経営者の方が支払わなければならない残業代を減らすには、そもそも残業時間を発生しないようにするしかありません。

3.1 時間外労働禁止命令

エステサロンでは、開店前にレジオープン、掃除などの開店準備作業を行う必要があります。
 また、閉店後も、閉店作業としてシーツのクリーニング出し、日報の作成などを行う必要があります。
 これらの作業も労働時間に含まれますので、エステサロンの経営者の方は、これらの開店・閉店作業を時間で区切って行うよう指示し、その指示された時間以外での作業を禁止するべきです。

3.2 許可制の導入

どうしても閉店作業が終わらない場合には、店長などの責任者から許可を取らせるようにしましょう。
 その許可も、1日の法定労働時間を超えないようにする、あるいはやむを得ず超えてしまう場合であっても他の日のシフトを調整するなどして、割増の残業代ができるだけ少なくなるように工夫をするべきです。

3.3 タイムカード打刻ルールの明確化

タイムカードをいつ打刻するのかも明確に決めておきましょう。
 よく問題になるのが、スタッフの控室、更衣室、店舗が同じテナントビルの中で離れているケースです。
 この場合、「着替える前に打刻する」などとルールを明確に決め、スタッフに周知させるとともに、毎回ルールを守っているかをチェックし、違反者には口頭で注意しルールを守るよう指導するべきです。

 

4 まとめ

「固定残業代」は、残業代を節約できるものではありませんでした。そのため、ご自身のエステサロンの利益を守るためには、労働時間の徹底的な管理が重要なのです。

エステサロンの経営者の方も、ご自身の店舗で勤怠管理がきちんとできているか、今一度確認してみてはいかがでしょうか。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士茨木 拓矢
美容事業を経営されている事業者様は、薬機法(旧薬事法)や景品表示法規制など経営に絡んだ多くの法的課題を抱えています。これらの問題に対して、経営者目線でお客様とのチームワークを構築しながら、法的問題点を抽出し、最善の解決策を共に見つけ、ご提示致します。

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