【固定残業代・役職手当・年棒制・歩合制など】残業代請求訴訟でよくされる使用者側の主張は認められるか?

 エステサロンの経営者などの使用者が、雇用しているスタッフから残業代請求を受けた場合、使用者としてはどのような反論をすることになるのでしょうか。また、それらの反論は裁判所でも認められるのでしょうか。
 今回は、過去の裁判例を元に、使用者からの反論の概要と裁判所の判断の見通しについて解説いたします。

1 残業代は固定残業代に含まれている!?

使用者からは、

「スタッフが主張する残業代は、固定残業代に含まれているから支払義務はない」

という反論が非常に多いです。

 ですが、固定残業代にスタッフ主張の残業代が含まれているとの反論が認められるためには、次の要件を満たしている必要があります(最高裁平成6年6月13日判決など)。

  1. ①支払われる基本給または手当が割増賃金(残業代)に相当することが明示されていること
  2. ②支払われる基本給または手当のうち、どの部分が割増賃金に相当するのかが、金額、割合、時間等によって明確に区別されていること
  3. ③労基法上の割増賃金に不足する場合には差額分の支給が行われること

 過去の裁判例を見ますと、上記の要件の②を満たしていないことを理由に、固定残業代に含まれているとの反論が認められないケースが多くなっています。

 固定残業代制度の導入は、上記の3つすべての要件を満たさなければ有効とはなりません。
 そして、すべての要件を満たすには、基本給との明確な区別をすること、超過時間分はしっかりと賃金を支払うことをしなければならないので、労力面でも金銭面でもコストがかかります。
 ご自身のエステサロンで固定残業代制度を導入することを検討している経営者の方は、社労士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。

2 残業代は役職手当に含まれている!?

 一般的な会社では、社員の役職に応じて種々の手当を支給しているところもあります(管理職手当、店長手当など)。
 役職が上がるということは業務の量も増え、それに伴って業務量も残業時間も増えることになります。このことから、役職の昇進に応じて増額される手当の中には増加する労働時間分の残業代も含まれているという趣旨の主張も、使用者から多くなされています。
 しかし、この反論も過去の裁判例ではあまり認められてはおりません。

  1. ■大阪地裁平成11年6月25日判決
  2.  この事案では、原告である社員の役職手当が、従来の2万円から6万円に増額されましたが、この手当の増額は社員を管理監督者として扱うことに伴うものでした。管理監督者は、法律上残業代を支払わなくてよいということになっていますので、この会社でも、「部門長以上の役職者には、時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しません。」と就業規則に規定していました。そのため、会社が当該社員に対して従来は支給していた残業手当を支給しなくなったところ、社員から残業代請求がなされました。
     会社側は、①当該社員は管理監督者だから残業代を支払う法律上の義務はない、②仮に管理監督者に当たらないとしても、役職手当の増額の中に残業代がすでに含まれているから別途支払う義務はないという反論をしました。
    この事案において、裁判所は、次の内容の判決をしました。

  3. ①当該社員は管理監督者に当たらない。
  4. ②地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって管理監督者に該当するような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。
  5. 結果として、会社側の反論は認められず、残業代の支払を命じる判決が出されました。

 なお、管理監督者に対しては、法律上残業代の支払は義務付けられていません。この点については、次回の記事で解説いたします。(//追記:管理監督者に関する記事

3 年俸制だから残業代は支払わなくてよい!?

 年俸制の場合、残業代の扱いはどのようになるのでしょうか。年俸制であることから当然に残業代を支払わなくてよいということになるのでしょうか。

  1. ■大阪地裁平成14年5月17日判決
  2. これは、社員の年俸額を300万円、これを12等分して毎月25万円を支給するという雇用契約を締結した社員が、会社に対し残業代を請求した事案です。この契約で定められていた年俸額には、時間外労働割増賃金(※休日労働割増賃金は含まない)、諸手当、賞与が含まれているとの記載はありましたが、所定時間外賃金の名目での支給の項目はありませんでした。
    裁判所は、次のとおり判決して、原告の請求を認容しました。

  3. ①労働基準法37条の趣旨は、割増賃金の支払を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにある
  4. ②基本給に含まれる割増賃部分が結果において法定の額を下回らない場合においては、これを同法に違反するとまでいうことはできないが、割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による支払方法は、・・・労働基準法37条1項に違反するものとして、無効となる。

 この判決からもわかるとおり、年俸制であっても残業代を支払う義務はあります。そして、年俸制であるかどうかを問わず、残業代をすでに手当等で支給しているという反論が認められるには、固定残業代の要件と同様に、どの部分が残業代として支給されているのかを明確に区別していることが必要になっています。

4 歩合制の場合には残業代は支払わなくてよい!?

 では、歩合制で賃金を支払っている場合には、残業代を支払わなくてよいのでしょうか。

  1. ■高松高裁平成11年7月19日判決
    タクシー運転手が時間外・深夜割増賃金の請求をした事案では、次のような判決が出されました。

  2. ①時間外・深夜割増賃金を固定給に含める旨の合意がなされた場合において、通常の賃金部分と時間外・深夜割増手当の部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増手当との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地はある。
  3. ②本件においては、そもそも時間外・深夜割増賃金の実質的合意があったとはいえないから、右の場合には該当しない。

 この裁判例では、結局、歩合制でも、時間外・深夜分の割増賃金(残業代)と他の賃金部分が明確に区別できない場合には、割増部分の支払義務はなくならないと判断されています。
 また、区別できる場合にも、「不足分を使用者は支払えば足りると解する余地はある。」と述べるにとどまっており、はっきりとした結論は述べていません。したがいまして、基本的には、歩合制でも残業代の支払義務はあると考えるべきだといえます。

5 まとめ

 以上、スタッフからの残業代請求に対し、会社側から多くなされる反論をいくつか解説いたしました。会社側からは、これらのほかにも、様々な反論がなされています。
 次回の記事では、近年大手ハンバーガーチェーンの店長の裁判でも話題になった「管理監督者」などの反論について、解説いたします。

(//追記:管理監督者に関する記事

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士茨木 拓矢
美容事業を経営されている事業者様は、薬機法(旧薬事法)や景品表示法規制など経営に絡んだ多くの法的課題を抱えています。これらの問題に対して、経営者目線でお客様とのチームワークを構築しながら、法的問題点を抽出し、最善の解決策を共に見つけ、ご提示致します。

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