【管理監督者・労働時間非該当・残業禁止命令・消滅時効】残業代請求訴訟でよくされる使用者側の主張は認められるか?②

 前回の記事では、固定残業代・役職手当・年棒制・歩合制などスタッフからの残業代請求に対して使用者からよくなされる反論について解説いたしました。今回は、それに引き続いて、使用者からよくなされる他の反論について解説します。

1 管理監督者には残業代の支払は不要!?

 最近は、残業代請求に対する反論として、「管理監督者だから残業代を支払う必要はない」という主張がよく見られます。
確かに、労働基準法第41条2号によりますと、管理監督者に対しては、残業代支払に関する労働基準法の規定(第37条1項)は適用されないとされています。したがいまして、残業代請求をしているスタッフが管理監督者であれば、残業代は一切発生しないので、使用者にとっては非常に有力な反論となります。

 ですが、残業代請求をしているスタッフが管理監督者であると認定して、残業代請求を認めなかった裁判例は、非常に少ない現状があります。

1-1 管理監督者とは!?

 管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者のことをいいます。経営者と一体的な立場、つまり、実質的には経営者といえるような場合や経営者に近いポジションにいる場合に、管理監督者にあると認定されます。

 裁判例や東京労働局が発表している判断基準を見ますと、大まかには次の視点から、管理監督者に当たるかどうかが判断されています。

  1. ①経営に関する意思決定に関与しているか
  2. ②労務管理についてどの程度の決定権限があるか
  3. ③自分の退勤管理について裁量があるか
  4. ④一般の従業員と比べて待遇はどの程度良いか

1-2 実際の裁判ではどう判断されているの?

 過去の裁判例では、上司やタイムカードにより勤怠管理をされていたことや、支給されている手当が一般の従業員と大差がないことなどを理由に、管理監督者には当たらないと判断されるケースが非常に多いです。最近では、大手ハンバーガーチェーンの店長が、管理監督者には当たらないという裁判もありました。

 これらのことから、管理監督者に当たるから残業代を支払う必要はないとの反論は、上記基準を満たしていないケースが多いかと思われます。もし、この管理監督者の制度を利用する場合には、上記の視点からしっかりとした事前対応が必要でしょう。

2 労働時間ではないと反論できる!?

 スタッフが、終業時刻後に職場に残って遊んでいたりしていたのに、残業代請求の際にはその遊んでいた時間も残業時間だとして請求する場合もあります。

 

2-1 労働時間とは!?

 労働時間とは、労働者が使用者の指揮監督を受けて、契約に基づいて労務を提供する時間のことをいいます。ポイントは、「使用者の指揮監督を受けて労務を提供したと言えるかどうか」という点です。指揮監督があったかどうかは、一般的に次の観点から判断されることになっています。

  1. ①義務付け(強制)の程度
  2. ②業務性の有無、業務との関連性
  3. ③時間的・場所的拘束性の有無

 終業時刻後にスタッフ控室や更衣室などで遊んでいた場合には、業務性のある居残りではありませんし、使用者から居残ることについて義務付けもありません。したがいまして、当たり前ではありますが、遊んでいた時間は労働時間には含まれません。

2-2 実際の裁判ではどのような主張がされるの?

 よく争いになるのが、シフト上では休憩時間とされているが実際は働いていたという主張や、閉店後の作業時間を勤怠管理表につけていなかったという主張です。
 これらの休憩時間や閉店後の時間に、スタッフが使用者から義務を課せられていたのか、行っていた作業は仕事と密接な関係があることなのか、作業が終わらないと店舗から帰ることができないのかなどというように検討されることになります。

 そして、使用者としては、スタッフが業務と関連してどのようなことを行っていたのかという点をできるだけ正確に把握しておかないと、スタッフからのこれらの主張に適切に反論することができません。
 残業代の発生する労働時間かどうかについては、裁判では証拠を元に判断されることになります。ですので、店長や時間帯責任者などは、スタッフが休憩時間や終業時刻後に何ら業務に関連することをしていなかったという記録を残す必要があります。
 また、逐一記録するのは大変ですので、普段から、どうしても残業をしなくてはならない場合でも集中して早く切り上げるように指導しておくことも重要です。

3 残業禁止命令!?

 「ノー残業デー」など、最近では残業禁止命令を出している会社もよく見られるようになりました。それでは、スタッフに残業禁止命令を出していたにもかかわらず、スタッフが残業をし、その分の割増賃金を請求してきた場合、使用者は残業代を支払わなくてはならないのでしょうか。

3-1 裁判例ではどうなったのか?

 東京高裁平成17年3月30日判決の事案では、使用者から「残業禁止命令を出していたから、原告労働者が主張する労働時間を残業代の計算に入れることはできない」という反論がなされました。
 これに対して、裁判所は、概ね次のように判示し、残業禁止命令が徹底され始めた時期以降の残業代請求を認めませんでした。

  1. ①労働時間は、原則として、労働者が使用者の指揮命令下にある時間又は使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間のことをいう。
  2. ②使用者の明示の残業禁止の業務命令に違反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、労働時間と解することはできない。
  3. ③被告の会社は、社員に残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じて、残業禁止命令を徹底していた。

3-2 残業禁止命令の注意点!?

 労働時間は使用者の指揮命令・監督下での労務提供時間をいうので、使用者から労務提供を明確に禁止されている場合には、指揮命令・監督下にあったとはもはや言えないという判断がなされています。
 ですが、注意しなければならないのは、単に残業禁止命令を出すだけでは足りず、実際に役職者(管理監督者など)に引き継ぐ運用をしないといけません。実際の運用が伴っていないのであれば、それは「黙示的に労務提供を命じていた」という判断につながるおそれが高いと考えられるからです。

 上記の東京高裁の裁判例では、従来残業が非常に多くなっていることが問題視され、労働組合との交渉も始まったため、使用者が三六協定を締結するための交渉を開始したことが重視されています。
 単に口頭で「残業禁止だから早く帰って下さい」とスタッフに指導するだけでは足りず、使用者が残業禁止に向けた行動をしないと、残業禁止命令が徹底されていたと裁判所に判断されることは難しいのではないかと考えられます。

4 消滅時効はいつから何年!?

 残業代も、一定の期間請求しないと時効にかかり、残業代請求権は消滅します。労働基準法115条によれば、労働契約から生じる債権の消滅時効は、次の期間とされています。

  1. ・賃金、災害補償:2年間
  2. ・法律上の退職手当:5年間

 また、消滅時効は、権利を行使できるときから上記期間のカウントが始まります。残業代(賃金)を行使できるのは、契約で定められた賃金の支払日ですので、その日の翌日から上記期間のカウントが始まります。

 スタッフから時効にかかって消滅している分も請求される場合もありますので、2年前の日付を起算点として、一度エステサロンの側ですべてきちっと残業代を計算する必要があります。

5 まとめ

 以上、今回は、管理監督者を中心に、残業代請求に対する使用者の反論を解説いたしました。管理監督者については、非常に多くの方が誤解をしている点ですので、いまいちど管理監督者の判断基準を再確認しておくことをおすすめいたします。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士茨木 拓矢
美容事業を経営されている事業者様は、薬機法(旧薬事法)や景品表示法規制など経営に絡んだ多くの法的課題を抱えています。これらの問題に対して、経営者目線でお客様とのチームワークを構築しながら、法的問題点を抽出し、最善の解決策を共に見つけ、ご提示致します。

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