明日で退職したいと言われたときの対処法と対策
どこの業界でも人員不足や新人が続かないという問題はあると思いますが、技術職の多い美容業界においては、特に顕著な問題とされています。
また、スタッフが、最近話題の退職代行サービスを利用した場合には、退職代行会社から、明日で退職しますといった内容の書面がいきなり届くこともあるようです。
美容経営者としては、まずはサロンの営業を通常どおりに続けていくことが先決になるでしょう。
そこで、今回は、経営者は、スタッフの突然の辞職の申入れに対して、どのように対処するのか、どのような事前の対策ができるのかについて解説します。
【目次】
1 辞職とは?
辞職とは、スタッフ側から一方的に雇用契約を解消・終了させることをいいます。
ここで注意するべきなのは、「合意退職」との違いです。
合意退職とは、使用者と労働者の合意により、雇用契約関係を解消することです。
あくまで、スタッフがサロン側に退職することを申込み、それにサロン側が承諾したうえで、スタッフとサロン側の合意によって、雇用契約が終了することになります。
単にスタッフが「明日で辞めます」と言ってきた場合には、それが①サロン側の承諾を待たずに、一方的に雇用契約を終了させたい辞職の申入れなのか②サロン側の承諾を得て合意退職をしたいという合意退職の申込みなのかを注意して見極める必要があります。
この点について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
2 まず美容経営者は何をするべき?
では、スタッフが「明日で辞めます。」と退職願を出してきた場合、美容経営者は何をするべきでしょうか。
2-1 スタッフの意思の確認
-
まずは、スタッフに対して、以下の点を確認して、退職願は、撤回ができない辞職の申入れなのかどうかを確定させます。
- 退職の意思がどれくらい強固なものか。
- 退職願を撤回する意思は一切ないのか。
- 明日で退職されると、サロン側としても困るので、数週間空けた時点で、合意退職することはできないのか。
ここでは、後のトラブルを防ぐために、スタッフへの確認を念入りに行うことやスタッフの承諾を得たうえで、スタッフとの話合いのボイスレコーダーなどに録音して記録化しておくことが必要です。
2-2 雇用契約の種類の確認
次に、法律のルールでは、辞職の申入れの場合には、雇用契約の種類によって、雇用契約が終了するための条件や雇用契約が終了する時期が異なってきます。
そのため、就業規則やスタッフとの雇用契約の内容を確認して、サロン側とスタッフとの雇用契約がどの種類なのかを確定させます。
例えば、就業規則や雇用契約に次のような定めがある場合です。
2.前項の雇用期間満了後、勤務成績及び業務上の必要性にもとづき、雇用契約を更新することがある。
このような条項によって契約した場合には、サロン側とスタッフの契約関係は、期限の定めのある雇用契約(有期労働契約)となります。
また、サロン側とスタッフとの就業規則や雇用契約書に契約期間の定めが設けられていない場合には、サロン側とスタッフとの契約は、期限の定めのない雇用契約(無期雇用契約)となります。
3 契約の種類による辞職の効果の違い
それでは、スタッフとの契約が有期労働契約か無期雇用契約なのかによって、どのように辞職の効果に違いがあるのか見ていきましょう。
3-1 スタッフとの契約が有期労働契約の場合
この場合には、法律のルールでは、スタッフが契約期間中に辞職の申入れをしてきた場合でも、「やむを得ない事由」がある場合でなければ、直ちに雇用契約を終了させることができないとされています。
-
具体的には、
- ・サロン側が、スタッフの生命・身体に危険が及ぶような労働を命じたとき
- ・サロン側が、スタッフの賃金を支払わないなどの重大な契約の不履行が生じたとき
- ・スタッフ自身が重大な傷害や病気になり、働くことができなくなったとき
に限って、スタッフの一方的な辞職が認められます。
このため、サロン側としては、スタッフに対して、これらの事情がない限り明日付けでの退職はできないことを説明して、明日の出勤を命令することができます。
もっとも、スタッフとの有期労働契約が、契約期間満了後も継続して更新されている場合やスタッフから無期転換の申入れがあった場合には、以下のスタッフとの契約が無期労働契約の場合と同じ条件となるので、注意が必要です。
有期雇用契約の無期転換について詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
3-2 スタッフとの契約が無期雇用契約の場合
この場合にも、サロン側としては、スタッフに対して、有期労働契約の場合と同様に、やむを得ない事由がない限り明日付けでの退職はできないことを説明して、明日の出勤を命令することができます。
もっとも、期限の定めのない雇用契約(無期雇用契約)場合には、スタッフからの辞職の申入れの日から2週間後の時点において、自動的にサロン側とスタッフとの雇用契約が終了してしまうことになります。
このため、サロン側としては、この2週間の期間しか、スタッフに対して、業務に関する指揮や命令ができなくなってしまうのです。
3-3 有期労働契約、無期雇用契約の辞職の効果の違い
以上をまとめると、以下の図のようになります。
4 経営者は、スタッフに何を求められるか?
では、サロン側としては、サロンの営業を通常通りに続けていくために、どのようなことをスタッフに対して求めていくことができるでしょうか。
4-1 期間満了までの引継ぎの指示はできる?
スタッフが辞職する際には、そのスタッフが担当していたお客様に関する情報を、他のスタッフに対して引き継いでもらいたいところです。
スタッフから辞職の申入れがされた場合でも、2週間の間は、スタッフに対して、指示ができるため、その間に引継ぎ作業をすることを指示することができます。
4-2 引継ぎ作業が終わるまで辞めさせないことはできる?
では、その2週間の間に、スタッフが有給休暇を消化するなどして出勤せず、お客様に関する情報の引継ぎ作業が終わらなかったとします。
その場合に、サロン側から、引継ぎ作業が終わるまで、雇用契約を終了させないといえるのでしょうか。
辞職の申入れの2週間で雇用契約が終了するという効果は、スタッフの引継ぎ作業が終わったか否かに関わらずに発生するものです。
そのため、スタッフの引継ぎ作業が終了していない場合でも、サロン側とスタッフとの雇用契約は終了してしまいます。
サロン側が、スタッフの退職を制限することはできません。
スタッフに対して、どうしても引継ぎ作業を完了してほしい場合には、別途、スタッフとの間で、引継ぎ作業を完了することについて合意をする必要があります。
4-3 引継ぎが終わらない場合にスタッフに損害賠償を請求できるか?
では、スタッフが引継ぎを終えないまま退職した場合に、スタッフに対して損害賠償を請求することができるでしょうか。
引継ぎが不十分なことによる損害や後任者の引継ぎに、追加で要した費用などの損害がサロン側には発生するでしょう。
しかし、法律のルールによってスタッフには、退職の自由が保障されています。
そのため、基本的には、退職による損害は、サロン側が引き受けなければならず、スタッフが退職したことのみでは、スタッフに対して損害賠償を請求することはできません。
5 経営者側の誤った事前の防衛策
このように、スタッフから退職の申入れがなされた場合、サロン側は、雇用契約が終了するまでの2週間の期間にできる限りの引継ぎを求めることしかできないことになります。
そこで、サロン側としては、スタッフが突然やめる事態を避けるために、前もって防衛策を講じておきたいところです。
5-1 退職に許可制を設けることはできる?
就業規則や雇用契約において、「従業員が退職するにあたっては、会社の許可を得なければならない。」との条項を設けて、スタッフの辞職を会社の許可制にすることはできるでしょうか。
スタッフの辞職申入れによって、雇用契約が2週間で終了するという法律のルールは、サロン側とスタッフの合意によっても変更できない強行的な定めとされています。
それは、サロン側とスタッフとの関係を合意に委ねると、スタッフに不利な契約が結ばれ、その結果として、スタッフの退職の自由に極端な不利益が生じてしまうからです。
つまりは、辞職の申入れにより雇用契約が2週間で終了するルールよりも、スタッフに不利になる契約の定めは無効となってしまうのです。
このため、例え、スタッフの許可制を定めた場合でも、その部分は無効となり、辞職から2週間で雇用契約が終了することになります。
5-2 合意で予告期間を長くすることはできる?
では、就業規則や雇用契約において、「従業員が退職するにあたっては、従業員は会社に対して3ヶ月前に会社の所定の形式の退職届を提出しなければならない。」との条項を設けて、辞職から雇用契約の終了までの期間を延長することはできるでしょうか。
この場合は、通常ならば辞職から2週間で雇用契約が終了するところを、終了までの期間を3ヶ月に延長している点で、スタッフに対して不利益な内容となっています。
このため、3ヶ月の定めがある場合でも、その定めは無効であり、スタッフの辞職から2週間で雇用契約は終了することになります。
この3ヶ月の定めは、スタッフに対して、できれば退職の3ヶ月前に退職届を出すように努力してくださいね、ということを定めたにすぎないものと考えられています。
また、法律のルールでは、辞職の申入れに方法の制限はなく、口頭でもよいとされています。
このため、「会社の所定の形式の退職届」の提出という辞職方法の定めも、スタッフに対して不利益なものとして無効になります。
したがって、スタッフの口頭での辞職申入れでも、2週間後に雇用契約は終了します。。
この辞職方法の定めも、スタッフに対して、辞職方法を定式化することの協力を求める程度の意味しか持たないものとされています。
5-3 損害賠償や違約金を定めることはできる?
突然にスタッフが辞職することへの対策として、「就業後1年以内に、自己都合によって退職したときは、違約金(迷惑料)として10万円を支払う。」といった定めを就業規則や雇用契約に規定し、辞職を申し出たスタッフに金銭の支払いを求めることができるでしょうか。
労働法には、労働者の退職の自由を保護することを目的として、以下のような決まりがあります。
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
このため、この条文の決まりに違反する就業規則や雇用契約の規定は無効になります。
よって、違約金などの定めがある場合でも、それは無効となってしまいます。
6 経営者側の正しい防衛策
このように、労働法のルールによって、スタッフの退職の自由は非常に手厚く保護されています。
スタッフの辞職は、多くの経営者の方々にとって頭を悩ませるものと思います。
しかし、経営者の方々が、不利な立場のなかでサロンを経営しなければならないのは、やむを得ないことです。
このため、事前対策として考えうるのは、以下の2点です。
6-1 職場環境の整備
労働法のルールは、経営者の方々に対して、職場における様々なハラスメントを防止するために、スタッフの雇用管理上、必要な措置を講じることを義務付けています。
このことにも表れているように、経営者の方々は、サロン店舗を経営するとともに、サロン店舗をスタッフが働きやすいように改善していくことが求められる時代になってきています。
6-2 採用段階での選別
また、労働法のルールでは、スタッフを一度雇用した場合には、解雇をするのは容易でないことになりますが、その裏返しとして、サロン側は、スタッフの採用については、非常に広範な裁量が認められています。
そのため、サロン側は、スタッフを雇用する際に、採用する人材の選択を慎重に行って、辞職の際にサロン側の都合にも配慮ができる人材をスタッフとして雇用していくことが重要となります。
7 まとめ
今回は、美容経営者の方々に向けて、スタッフから突然辞めたいと言われたときの対処法と事前の対策について解説してきました。
労働法のルールは、労働者にとって非常に有利に作られているのが現状です。
そのため、美容経営者の方々は、今回の記事のポイントとして、以下の3つを押さえておいてください。
- ①スタッフから辞職の申入れがなされた場合は、2週間で雇用契約が終了してしまう。
- ②スタッフの退職の自由を制限するような合意をしても、無効になってしまう場合がある。
- ③サロン側は、採用段階でサロン側の都合にも配慮ができる人材と雇用契約を結ぶことが重要である。