企業が採用拒否するときの注意点

企業の人事担当の方は、採用内定を取り消したい場合や試用期間終了時に本採用を拒否したい場合に、本当に取り消したり拒否したりして良いか不安に思ったことはありませんか?

最近では、採用内定の取消しが問題とされることが多くなってきています。
 以下では、どのような場合に採用内定を取り消すことができるか、本採用の拒否をすることができるかについて解説していきます。

ただし、できるだけ採用内定と取り消すことにならないようにすることが最善の目標です。
 本記事はあくまで、どうしてもやむを得ずに採用内定を取り消すことになった場合に企業が注意するべき点について解説するものです。

 

1 採用内定・採用内々定とは?

採用内定・採用内々定を取り消すことが違法にならないかどうかについては、まず、採用内定・採用内々定がどのような法律上の意義を有しているかが明らかにならないといけません。

1-1 採用内定の法律的な意義

採用内定とは、正式な入社により労務提供を開始する前ではあるけれども、労働者を採用することが決定している状態のことをいいます。
 これを法律的にいうと、「始期付解約権留保付の労働契約」とされます。
 簡単に言えば、いつから労働契約が成立するかの具体的時期が決まっていること、一定の事由が生じたときには企業が一方的に労働契約を解除することができることが内容になっている契約という意味です。
 始期、つまり労働契約の始まりの時点については、内定式を予定している場合には内定式など、それ以外の場合には内定通知書が出されたときと解するのが一般的です。普通は4月1日であるかと思います。

1-2 採用内々定の法律的な意義

採用内々定とは、ほぼ内定が決まりかけているけれども内定式などの正式手続の前の状態のことをいいます。
 近年では、就職活動開始時期が決められていることから、採用内々定によって優秀な人材を囲い込むため、採用内々定を活用する必要が高まっています。

採用内々定の法律的な意義は、採用内定とは異なり、労働契約が成立しているものではなく、その他何らかの契約関係が発生しているということはありません。つまり、採用内々定を出したこと自体から採用内定者と企業の間で権利や義務が発生することは基本的にはありません。

1-3 採用内定と採用内々定の区別

いつから採用内々定を超えて採用内定状態になるかは、個別のケース次第です。例えば、内定通知や内定式を予定している場合であれば、それらが行われた時点で採用内々定状態から採用内定状態になったといえますが、それらを予定していない場合には、いつから採用内定状態になるかの明確な基準はありません。
 採用内定状態になってしまうと後述のとおり取消しできなくなる場合が生じてしまうので、内定通知を出すことを予定するなどして明確に区別するなどの工夫をするべきです。

 

2 採用内定・採用内々定を取り消すには?

それでは、以上の採用内定・採用内々定の法律的な意義を踏まえると、どのような場合に採用内定・採用内々定を取り消すことができるのでしょうか。

2-1 採用内定の取消し

採用内定は、前述のとおり始期付解約権留保付の労働契約ですので、採用内定を取り消せるかどうかは、企業が解約権を行使できるかどうかにかかってきます。また、採用内定は既に労働契約が成立している状態ですので、解雇と同様に、企業からの解約権の行使の可否はかなり厳しく制限されることになります。

この点につき、最高裁判所は、採用内定の取消自由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが客観的に合理的と認められ社会通念上相当な場合に限られると判断しました。
 この最高裁の基準を踏まえると、採用内定を取り消すことができる場合とは、具体的には、一般的に解雇が厳しく制限されていることを踏まえ、

  1. ①内定者が学校を卒業できなかった場合
  2. ②健康状態が著しく悪化した場合
  3. ③虚偽の経歴等を申告していたことが発覚した場合
  4. ④裁判で有罪判決を受けた場合
  5. ⑤景気変動により著しく会社業績が悪化した場合

などが考えられます。

一方で、最高裁判所の判断基準に従って検討した結果、採用内定取消しが違法であると判断された裁判例もあります。
 例えば、内定当時に内定者は内向的な性格であるとの印象を抱き、会社に不適格であると判断しながらも採用内定通知を発した後、その性格を理由に採用内定を取り消した事例があります。
 このように、採用内定当時に既に判明していた事情を理由に内定を取り消すことは基本的にはできません。

なお、採用内定の取消しをする際に解雇予告手当が必要かどうかは、考え方が分かれています。
 厚生労働省は、採用内定取消しは成立した労働契約の解約であることを理由に解雇予告手当が必要であるとしているのに対し、労働法の学者の間では、試用期間14日以内の労働者でさえ解雇予告手当が不要であることを理由に内定取消しの場合も解雇予告手当は不要であるとするのが一般的な考えのようです。

2-2 採用内々定の取消し

採用内定とは異なり、採用内々定では、労働契約はまだ成立していません。
 そのため、採用内定の取消しは、基本的には自由に行うことができます。
 ただし、採用内々定者が就職活動をやめたり他の内定先を断っていた場合など、採用内々定者に採用されるとの高い期待が生じている場合に取り消すと、その期待を侵害したとして、損害賠償責任を負う可能性もあります。

 

3 人事担当が注意する点

採用内定の取消が違法とされてしまいますと、厚労省のガイドライン等に反することになり、一定の場合には、違法な採用内定取消しをした企業として厚生労働省のHPで公表されてしまいます(職業安定法施行規則第17条の4第1項)。

  1. 企業名が公表されてしまう場合
  2. ①2年以上連続して行われたもの
  3. ②同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの(内定取消しの対象となった新規学校卒業者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く。)
  4. ③事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められない時に行われたもの
  5. ④次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
  6. ・内定取消しの対象となった新規学校卒業者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
    ・内定取消しの対象となった新規学校卒業者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき

違法な採用内定取消しをしたと判断されないようにするために、まずは、採用内々定と採用内定の区別を明確にできるようにするべきです。
 具体的な対処法としては、内定通知書を出すようにする、内定式を行うようにする、採用を前提とした書類を内定者に交付してよいか念入りに確認するなどが考えられます。

仮に内定通知書を出した後に発覚した新事情により適格性に問題があると判断した場合には、原則として採用内定取り消しが違法になることを念頭に置きつつ、以下のような対処をすることがベターです。
 つまり、採用内定通知書には、採用内定を取り消すことができる場合が書かれていることが通常ですが、そこに記載する事由も、解雇が厳しく制限されていることを踏まえ、上記の①から⑤の事由に限定するべきでしょう。
 また、内定通知書に上記①から⑤の一定の事由を記載し、それに基づいて内定取消しをする場合も、念のため、採用内定者と合意したり、辞退を求めるなどしましょう。
 さらに、どうしても採用内定を取り消す場合には、その旨を職業安定局(ハローワーク)に通知する必要もあります。

そして、最高裁の基準をクリアしたとしても、解雇予告手当を支払わなければならないかという問題が残っています。
 前述のとおり、厚生労働省の見解と学者の見解が割れていますので、万が一内定取消しをする際には、労働開始予定時期直前に取り消すのではなく、ある程度期間に余裕をもって行うべきでしょう。
 また、採用内定者との合意により採用内定を取り消す場合には、数ヶ月分の給与に相当する解決金を支払うことも多いようです。

ですが、そもそもできるだけ採用内定の取消しをしないように、採用を出す際には適格性を慎重に検討するのが大前提であることは忘れないでください。

 

4 試用期間

試用期間終了時に労働者の本採用を拒否することも、解雇というより、採用内定取消し等と似ている問題と考えられていますので、ここでまとめて説明します。

4-1 試用期間とは?

試用期間とは、労働者を採用後(労働契約の成立後)、労働者を業務に従事させながら労働者の適格性を判断するための期間のことをいいます。

その法律関係は、最高裁によれば、解約権留保付の労働契約とされています。採用内定と異なるのは、「始期付」であるかどうかという点です。

4-2 本採用拒否ができる場合

試用期間終了時に本採用拒否ができる場合とは、上述の法律的な意義からすると、解約権行使が許されるか場合であると考えられます。
 すなわち、採用決定時までに企業が知ることができなかった事情で、正社員としての適格性を失わせるといえる事情が試用期間中に発覚した場合などです。
 具体的には、就業開始後に著しい能力不足や意欲不足、協調性の欠如が発覚した場合、業務と関連する刑事犯罪が発覚した場合、著しい素行不良が発覚した場合などが考えられます。

4-3 解雇予告手当は必要か?

試用期間の14日目を超えた後に留保解約権を行使する場合には、解雇予告もしくは30日分の解雇予告手当が必要です(労働基準法21条ただし書き4号)。
 ただし、労働基準監督署長の認定を受けた場合には不要となっています(同法20条)。

4-4 本採用拒否が違法とされるとどうなるか?

企業は、損害賠償責任を負うほか、労働者は労働者としての地位を有したままになります。
 試用期間といえども、一度労働者として雇い入れてしまった以上、労働者という地位を失わせるのは困難になります(解雇の場合にも同様の問題が生じます。)。

 

5 まとめ

以上のとおり、採用内定の取消しや本採用拒否は、限定的な場面でしか行うことができません。
 また、最近は採用内定の取消しが問題視されることが多く、採用内定の取消しもSNSなどですぐに拡散されてしまいます。
 企業としては、優秀な人材を確保するために早期に採用内々定を出したいが、うっかりすると採用内定状態になってしまい、今度はうかつに内定取消しができなくなるという頭の痛い状況になっています。
 やはり、採用内定・採用内々定を出す際に内定者の適格性を慎重に判断することが重要ですので、人事担当の方の責任は重いと言えます。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士茨木 拓矢
美容事業を経営されている事業者様は、薬機法(旧薬事法)や景品表示法規制など経営に絡んだ多くの法的課題を抱えています。これらの問題に対して、経営者目線でお客様とのチームワークを構築しながら、法的問題点を抽出し、最善の解決策を共に見つけ、ご提示致します。

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