ノルマを達成できないときのペナルティの設定とそのリスク

 エステ業界では、スタッフに売上や契約本数のノルマを課しているサロンさんもあるかと思います。しかし、最近では苛酷なノルマを課せられることが、離職率増加の大きな原因になっていると言われています。
 今回は、ノルマの労働法上の問題点やその他のリスクについて解説します。

1 ノルマを達成できないと!?

 ノルマを課しているエステサロンの多くでは、スタッフがノルマを達成できなかった場合、次のペナルティを課していることがあると言われています。

  1. ①残業や休日出勤をさせる
  2. ②商品を自費で購入させる

 しかし、これらのペナルティは、労働基準法に違反する危険性があるほか、離職率を増加させる原因にもなっているようです。

2 残業や休日出勤のペナルティの問題点!?

 ノルマを達成できなかったスタッフに対して残業や休日出勤させることは、労働基準法に違反する可能性があります。

2-1 残業をさせることの問題点とは?

 労働基準法上、スタッフは1日8時間、1週間40時間の労働時間の上限が設定されています。この上限を超える時間働いたスタッフには、超過した時間に対応して25%増しの割増賃金を支払わなければなりません。また、深夜労働をさせた場合には、さらに25%増しの深夜手当もつけなければなりません。ですが、ノルマを達成できなかった場合のペナルティとして残業をさせるエステサロンでは、超過時間分の割増賃金をきちんと支払っていないという点が問題になること多いです。

 つまり、未払の残業代が溜まってしまっている状態になっているということです。

2-2 固定残業代を決めておけば適法?

 エステサロンの経営者の方には、「うちは固定残業代を支払っているから個別に残業代を支払う必要はない」と考えている方もいらっしゃいますが、残念ながら、固定残業代により個別の残業代の支払義務がなくなるわけではありません。

 そもそも、固定残業代をあらかじめ決めておくことも、裁判例によると、次の要件を満たしておかなければ有効とはなりません。

  1. ①支払われる基本給または手当が割増賃金(残業代)に相当することが明示されていること
  2. ②支払われる基本給または手当のうち、どの部分が割増賃金に相当するのかが、金額、割合、時間等によって明確に区別されていること
  3. ③労基法上の割増賃金に不足する場合には差額分の支給が行われること

 結局、上記③の要件により、不足する分の残業代は個別に支払わなければならないのです。

2-3 休日出勤をさせることのリスクとは?

残業をさせることと同様に、休日出勤させることにも労働基準法上の問題点があります。

 前述のとおり、スタッフが1日8時間、1週間40時間の上限を超えて働いた場合、そのスタッフに対して超過時間分の割増賃金(25%増し)を支払う義務があります。
休日出勤をさせると、ほとんどの場合1週間40時間の上限を超えることになります。ここでも、未払の残業代が発生していることになります。

 一方、法定休日に出勤をさせた場合には、35%増しの割増賃金が発生します。
(なお、法定休日の労働は、1日8時間、1週間40時間の上限を超えてもさらに25%の割増が追加されることはありません。)

2-4 未払残業代を支払わないとどうなる!?

未払の残業代が発生した場合、経営者の方は次のリスクを負うことになります。

  1. ・労働基準監督署からの是正勧告・送検
  2. ・労働者から労働審判や訴訟を提起される
  3. ・付加金(労働基準法114条)の支払がペナルティとして上乗せされる
  4. ・高額な遅延利息(14.6%)が追加されることがある
  5. ・大手エステサロンのようにニュースになり、顧客も新入社員も獲得しにくくなる
  6. ・離職率が高くなり、スタッフの数が足りなくなる

主に大きな金銭的なダメージを受けるほか、スタッフが足りなくなり、ゆくゆくは経営が成り立たなくなるリスクもあります。

3 商品を自費で購入させることの危険性!?

 ノルマを達成できなかった場合のペナルティとして、アロマオイルやローションなどの商品を自費で購入させるケースもあります。

3-1 代金の支払方法の注意点とは?

 労働基準法などの労働法では、スタッフに自社の商品を購入させることを直接規制する規定はありません。ですが、商品の代金を賃金から控除するという方法をとると、労働基準法上の問題が生じるおそれも実はあるんです。
 労働基準法上、スタッフに対しては、賃金全額を現金で支払うことが原則とされています。
そのため、自社の商品をスタッフに購入させる際に、その代金を賃金から控除すると、この「全額払いの原則」「現金払いの原則」に違反するおそれがあります。

 これらの原則に違反する賃金の支払方法だと裁判所や労基署に認定されると、その分の賃金を支払っていないことになりますので、不足分を支払うよう命令される可能性があります。
 また、その場合、賃金の支払が遅れていることになりますから、上述の遅延損害金の支払義務も発生することになります。

3-2 労働法以外の問題点とは!?

 労働法上は、上記の賃金支払い方法の点の問題点しか生じませんが、その他にも、自社の商品をスタッフに購入させることによる問題点があります。

 エステサロンのスタッフは、もともと基本給が安く、しかも長時間の肉体労働を行っています。その上高額な商品を購入するよう強制すると、実際にスタッフが手にする賃金は非常に安くなってしまいます。
 そうしますと、離職率がさらに高くなり、エステサロンの人員不足問題が深刻化してしまいます。

4 まとめ

 以上、今回はスタッフに売上ノルマを課した場合の労働法上の問題点やその他のリスクについて解説しました。
 エステサロンの経営は、結局個々のスタッフの能力に依存する面があります。ノルマを達成できなかった場合のペナルティを課すことには上述の問題点があることを認識した上で、経営決定をしていくことが重要です。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士茨木 拓矢
美容事業を経営されている事業者様は、薬機法(旧薬事法)や景品表示法規制など経営に絡んだ多くの法的課題を抱えています。これらの問題に対して、経営者目線でお客様とのチームワークを構築しながら、法的問題点を抽出し、最善の解決策を共に見つけ、ご提示致します。

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