スタッフに転勤を命じる際の注意点は?

エステサロンや美容室、ネイルサロンなどの美容経営者の方々にとっては、会社の規模を大きくしていくための方法として、既存のサロンとは商圏が異なるエリアにて新たなサロンをオープンすることがオーソドックスな方法であると思います。

その場合には、新しいサロンをオープンするので、経験年数の長いスタッフに新店舗に異動してもらいたい、業務効率の見直しやスタッフの欠員を補うために、別エリアの店舗にスタッフを異動させたいなど、スタッフに対して転勤を命じる機会が自ずと生じてきます。

しかしながら、転勤を命じられたスタッフは、転勤先の店舗の近くに引っ越しをする、通勤時間が長くなるなど、私生活への影響を受けることがあります。

今回は、美容経営者の方に向けて、スタッフに他の店舗への転勤を命じる際の注意点ついて具体例を挙げて解説していきます。

1 どのような場合に転勤命令がトラブルになるの?

まずは、他の店舗への転勤命令が問題となる具体的なケースを見ていきましょう。

ケース
Xさんは、A市にサロン店舗を有する会社の経営者で、A市に住むYさんを美容師として雇用した。
5年後、Xさんは、A市から電車で2時間ほどの距離にあるB市にサロン店舗を新規開店することを計画し、入社5年目で最近腕を上げてきた美容師Yさんに、B市への店舗にオープニングスタッフとして転勤を命令した。

Yさんは、入社時に配られた就業規則には転勤を命じる記載はあったが、面接時には転勤の有無についての説明は一切なく、自転車で通勤していたので、急にB市まで2時間も電車で通うのは心理的にも体力的にも厳しいと考えた。
また、自宅に同居している母は高齢であり、妻も仕事を辞めることが難しく、子供も幼少である(2歳)という家庭の事情により引越しすることもできない。

このため、Yさんは転勤には応じられないとして、これを拒否した。
経営者のXさんは、美容師Yさんが転勤できないのであれば、解雇を想定している。

このケースの場合、Xさんの転勤命令が有効なものか、無効なものかによって、Yさんを解雇できるか否かの結論が変わってくることになります。
それでは、転勤命令が有効か無効かをどのように判断するのか、解説していきます。

2 転勤を命令するのに必要なことは?

まず、美容経営者の方がスタッフに対して転勤の命令を行うためには、経営者が、転勤命令を行う権限を持つことが必要となります。

2-1 就業規則や雇用契約書での転勤命令の記載

まず、転勤命令を行う権限を持つためには、就業規則や雇用契約書において店舗側がスタッフに転勤命令ができることを定めておく必要があります。

具体的には、就業規則や雇用契約書に以下の条項を定めておくのが良いかと思います。

第〇条
会社は、業務上の必要がある場合には、労働者に対して配転を命じることができる。
労働者は特段の事情のない限り、この命令を拒むことができない。

この「配転」という言葉は、労働者の配置の変更であって、職務内容または転勤場所が相当の長期にわたって変更されるものを言います。
すなわち、①勤務場所を変更する転勤のほかに、②職務の内容を変更する場合も含めた総称です。
就業規則などでは、転勤を命令する権限とあわせて、職務の内容を変更する権限も規定しておくのが一般的ですので、美容経営者の方々は、一度、雇用契約書や就業規則の内容を見直してみてください。

2-2 就業規則や雇用契約書がない場合

仮に、就業規則や雇用契約書を作っていない、配転命令の定めがなかった場合でも、採用時の状況から配転命令を行う権限が認められる場合があります。

例えば、採用時に新規開店店舗での店長候補として採用したなどの場合です。

3 どのような内容の配転命令でも許されるのか?

次に、美容経営者がスタッフへの配転命令を行う権限を持っている場合には、スタッフに対して、どのような内容の配転命令でも行うことができるのでしょうか。

答えは、ノーです。

    配転命令は、命じられるスタッフの生活環境やキャリアに大きな影響を及ぼすため、以下の3つの限界が存在します。

  1. ①法令による限界
  2. ②契約内容による限界
  3. ③権利濫用法理による限界

3-1 法令による命令の限界

まず、労働組合への加入・結成および組合活動をしたことを理由とする不利益取扱いは禁止されています。

経営者は、スタッフが労働組合に加入したことや正当な組合活動を行ったことを理由として配転命令を行う場合には、法律によって無効とされてしまいます。

また、労働法のルールは、性別、国籍、社会的身分を理由として差別的な取扱いをすることを禁止しています。

つまり、経営者は、スタッフが女性であることや他国籍であることを理由に行う配転命令は無効となります。

3-2 個別の契約による配転命令の限界

①職種を限定する合意がある場合
特に美容師などの特殊な技術、技能、資格を有する者については、雇用契約書や就業規則において、職種を限定するとの定めがあるのが一般的です。

例えば、経営者が、採用の際に、スタッフを美容師として雇用する旨を合意している場合などです。

そのようなスタッフに対して、移動を伴う事務職などへと職種を変更する配転命令は、契約に違反するため、無効となります(スタッフが納得していれば問題ありませんが。)。

②勤務地を限定する合意がある場合
例えば、スタッフが転勤できないことを経営者に明示しており、それを前提としてスタッフを採用した場合です。

そのようなスタッフに対して、他の店舗への転勤を命じる配転命令も、契約に違反するため、無効です。

3-3 権利濫用法理による配転命令の限界

権利濫用法理とは、経営者は、スタッフに対する嫌がらせなど営業上の必要ではない理由で配転命令させることを禁止するものです。
このような場合、経営者の配転命令が無効とされる場合があります。

この、「権利濫用」になるか否かは、配転命令が店舗の営業にどこまで必要なのか、スタッフに対する嫌がらせ目的ではないのか、など具体的な事例に応じて判断されます。

    一般的に、次のようなケースだと、経営者の配転命令は無効となりえます。

  1. ・特に業務上の必要がないのに、嫌がらせのために配転命令を行う場合
  2. ・スタッフを自主退職に追い込むために配転命令を行う場合
  3. ・経営者の意向に沿わない発言を行ったスタッフへの報復のために配転命令を行う場合
  4. ・育児や介護を理由として配転を拒否するスタッフに対し、真摯に対応せず、配転命令を押し付ける場合

3-4 スタッフの不利益はどの程度考慮すればよいのか?

これまで、配転命令ができない場合を説明してきましたが、法律のルールではスタッフの不利益をどこまで考慮すればよいのでしょうか。

    これまで裁判所で問題となったケースでは、

  1. ・配転に応じると家庭の事情により単身赴任や夫婦別居を強いられてしまう場合
  2. ・配転によって、遠距離通勤を強いられることになり、通勤時間が2時間程度になってしまう場合
  3. には、この理由のみで経営者の配転命令は無効にはならないとされています。

このように、本当に営業上の必要性があれば、スタッフの個人的事情による多少の不利益があったとしても経営者側の配転命令は無効となりません。

4 先ほどの事例のケースではどうなる?

このように、配転命令の有効性の判断基準について説明してきましたが、先ほどのYさんの事例ではどのような判断となるでしょうか。

まず、Xさんの経営するサロンでは、配転命令の記載があったので、Xさんは配転命令をできる権利を持っています。

次に、Yさんを店舗移動してもらうのは、B市に新規オープンするためであり、実力のあるYさんに移ってもらうことは営業上の必要性も認められます。

そして、Yさんは2時間の電車通勤となってしまいますが、先ほど見たようにこの程度の不利益ですと、配転命令は無効とならない可能性が高いです。

5 まとめ

今回は、美容室、エステサロン、ネイルサロンなどの美容経営者の方に向けて、スタッフに他の店舗への転勤を命じるときの注意点ついてについて解説してきました。

    今回の記事を参考に、スタッフに対して転勤命令をする際には

  1. ①スタッフの将来的な配置も想定したうえで雇用契約書や就業規則に配転命令の記載をすること
  2. ②営業上の必要性を考えて、不当な目的とならないようにすること
  3. に注意して下さい。

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